学者や学芸員、画廊経営者など美術関係の専門家以外の人はそこまで細かい美術史や美術用語は必要ないと私は思います。
美術好きな人の中には趣味だったとしても、百科事典のように沢山の事を記憶している人がいます。
しかし、それをどう使っているのか?
そのデータをどう活用するかの方が重要です。
私は哲学的な視座を重要視していますので、データそのものよりも、そのデータが持つ意味やデータ同士の関係性、美術以外の他分野との共通項にしか興味ありません。
ですから、
この作品の制作年月日は本当はいつなのか?
作家がどういう人間関係があったか?
などということは、一般的にはウンチクとしてはまあまあ面白いのかもしれませんが私は重要視していません。
そういう事は本当の専門家にお任せするか、本を読めばわかる事なので本を読む方がいいと思います。今は美術史や作家の本は山ほどありますから。
私はアート、美学、哲学はどのように私たちの世界に染み込んでいて、見えないところで影響を与えているか?
の方を重視しています。
それと同時に、アート、美学、哲学をどう現実に活用出来るか?を考えることも重要視しています。
例えば、昨今アートの活用が活発ですが、
結局、アート作品を使って人を集めるとか、地域活性化すると言った分かりやすい活用の仕方になりがちです。
そう言った、分かりやすい活用の仕方ではなく、アート、美学、哲学の背後にある概念をビジネスや人間関係、社会に応用するほうが応用範囲が広く、本質的なイノベーションを起こせます。
そう言った抽象的な事は分かりづらいという事は確かですが、
基本、分かりやすいものというのは応用が効きません。
マニュアルなどはその典型です。
スマホのマニュアルはその機種のスマホにしか役立ちません。
アート作品にある世界をどう捉えて、どう表現するか?というような概念は
セールスやマーケティングにも関係ありますし、
職場の人間関係や社員教育への応用
自社ブランドの差別化、
相手の思考の癖の見極め、
親子の関係性の再発見などなど
に応用出来ます。
抽象度の高い概念ほどあらゆることに応用が効きますし、結局は一生使えるのでお得なんです。
そして、分かりづらいという理由で他の人はノウハウやマニュアルに目を向け続けているところで、自分は一歩抜きん出た、差別化ができます。
その差別の仕方自体が個性的になりますよ。
昨今は個性を大切に!と言う人が多いのですから、個性を磨く為にも、人がやらないけれども高抽象なことを学べば、自分で考える力がつきます。
「分かりづらい」と言いましたが、アートも美学も哲学も中学生ぐらいの語彙を知っていれば理解できるようにしたいと私は考えています。
思考力は語彙力やデータや学説を知っていることとは違いますから。
逆にそういう事を沢山知っている人ほど、思考力をつかわないで、データに頼ってしまうんです。
なので、私のメルマガや麗知塾では、小難しいウンチクはあまり使わないようにしてます。