世間に操作されるゴッホのイメージとビジネスの視点

日本でも大人気の画家ゴッホ。私は彼については一般的な見方とは違います。それは、起業したての人達にも関係のあることです。

ゴッホは情熱の画家?

ゴッホ言えば、耳を自分で切り落としたり、精神を病んでピストル自殺をして死んだことなどから、「情熱の画家」と言われることが多いです。

確かに、あの絵の筆跡や鮮やかな色彩、盛り上がった絵の具を見ると一見そのように思えます。

このようにアーティストについて語られる言葉は、マスコミがお客の気を引くために、色々とつけることが多いので、本当は自分の目で審美眼を高めながら、鑑賞する必要があります。

■解りやすい表面ではなく、細部に作者は宿る

私はゴッホに関しては、全く違った人だったと考えます。

作者と作品を同一視して見ることは私は避けるべきだといつも考えています。

優れたアーティストは自分の感情をただ垂れ流して作品を作ることなどしないからです。

しかし、作品にはパッと見てわかるような姿ではなく、消そうとしても消せない作者の痕跡は残っています。

クソ真面目人間、ゴッホ

私がいつもゴッホの絵を見て思うことは、

「すごく真面目な人なんだね」です。

一筆、一筆、最初から、最後までとても丁寧にゆっくりと筆を動かしています。

絵筆がキャンバスに着いて、その一筆が終わるまで力加減を変えることなく、丁寧に書いてるんですね。

とても、情熱にまかせて、勢いで描いた絵じゃありません。

いつも、私がゴッホの絵をみると、一針、一針丁寧に作られた刺繍を思い浮かべるのはこうしたことからでしょう。

実際に、ゴッホは色彩の研究に非常に熱心で、様々な毛糸を使って、色の組み合わせの研究を地道にしていました。

物凄く真面目で、努力家で、忍耐強い。
それがゴッホだったと私は考えます。

もちろん情熱も沢山持ち合わせていたでしょうが、我を忘れて感情を発散させるようなタイプではないですね。あまりにも真面目で我慢強いので、うちにため込み過ぎて、壊れてしまった。

だから、精神を病んでしまったのだろうと。

大衆は情熱がお好き

しかし、本人を取り巻く世間は、情熱の画家ゴッホの一面を広めていきます。

「情熱の画家、ゴッホ」

「努力の画家、ゴッホ」

後者では、視聴率は変わるでしょう。絵も高く売れなさそうです。

私たちのビジネスの場面でもこのようなことが起こります。

非常に成功した人は、天賦の才能と情熱と運でこの地位にたどり着いた!というストーリーの方が好まれます。

ですから、映画やドラマになった時にそういう脚本にしがちです。

映画やドラマは大衆向けの娯楽です。
みんなが見たいものを提供しなければ、売り上げが上がりません。映画やドラマの制作会社はお客のニーズにあわせて、作品を作ります。

それを見た人々は、大いに感動し、

「やっぱり、成功するには才能と情熱と運だよね!私とは違うわ!すごーい!」

と思い込むわけです。

そのような大衆的な立場のままで、独立、起業したらどうなるでしょう?

ビジネスでは作られた虚像など意味はない

才能がすべて、と思われるアーティストでさえ、物凄い努力をしているのです。

ビジネスにおいて努力や真面目さ強さが必要なのは当然です。

しかし、「才能と情熱と運」に憧れる人たちはそのことに目を向けようとしません。

そうして、ゴッホを「情熱の画家」におしこめて、あがめ、感動して終わりのように、マスコミや宣伝を鵜呑みにした理想像を追い求めてしまいます。

ビジネスをするなら、そういった虚像ではなく、細部に宿るその人の本質にこそ目を向けるべきです。

情報の受け手のままでは、ビジネスではやってはいけません。
日々、本質を見る目を養おうと努力しなくては、あなたのお客様になった人はどうなるでしょう?

世間的にまあまあ常識のちょっといい話を「物事の本質」と思い込んでしまう危険性についてあなたはどう思うのでしょう?

ゴッホの絵を見るとき、その真面目さ呆れながら、私はいつも自分が努力が足りないなと反省させられます。

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