科学や心理学だけが世界を研究する分野ではない

先日、私が主催するメタ・アーチングの講座が新しく始まり、第一回目の講義が終わりました。
コーチングをする人のための講座ですが、人の悩みや人を導く立場の方の為の講座でもあります。

今回の受講者にはコーチングを職業にしている人はいませんでしたが、仕事でよく人の悩み相談をうけることが多いとのことです。

講座では、厳選た哲学とアートの話をし、参加者の日常に落とし込むワークをしました。

互いに対話していくうちに、受講者も今まで考えたことがなかったアプローチを発見することができましたし、私自身も職場の現場というリアリティーのなかでどのように哲学やアートを活用していくか、発見がありました。

今の世の中は心理学的に正しければ、それは心の真理であるかのように思われがちです。

しかし、それは違います。

その理由は哲学から始まる学問が「学問であるための定義」を見ていけばあきらかです。

また、ちまたで様々な心理療法としてフロイトやユングの心理学が、民間療法として使われていますが、フロイトやユングの心理学は実は科学的ではありません。

科学の基本中の基本のデータの取り方が曖昧だからです。

人の心を図れる測定器はこの世の中にはありません。

現代ですと脳波がありますが、あれは脳の電流であって、心 のことを測定しているわけではありません。しかし、マスコミでは脳を研究すれば心がすべてわかるかのように言っています。

実際は最先端の科学者は「人間の心や脳のしくみよりも、宇宙のブラックホールの方が解明されている」とインタビューに答えています。

また、何千人の心のアンケート結果があったとしても、それはアンケートに答えた人の主観的なデータでしかありません。

そもそも、心というのは実在するものではなく、非常に曖昧な一つの概念でしかない。

世の中の人は、心は存在する、という前提で悩んだり、研究したり、ビジネスにしたりしてますが、本当は心とは何か?誰も明確にしたことなどないのです。

分からないことをすべて分かったかのように扱い、勘違いすることは危険です。

現代においてはフロイトやユングの考え方は科学的でも、哲学的でもありません。過去のある考え方でしかありません。

それを今も非常に有効な手段であるかのように語り、ビジネスにするのはいかがなものかと私は考えます。

科学的、心理学的に正しいということは、科学、心理学の方法論の「なかでは」正しいということでしかない。

世界を探究する方法は科学や心理学だけではないのですが、一般的には知られていません。

科学の真実が世界の真実というわけではない。
心理学の真実が世界の真実というわけではない。

科学も心理学も、人間、世界をある方法論で一面から見ているにすぎません。

あまりにも、科学や心理学を信じすぎていると、自分の思考力が狭まります。

しかし、世の中全体がそのような流れになると、人は自分の思考のかたよりに気づくことが出来なくなります。

哲学やアートを学ぶ意味は、ありとあらゆる方法の思考方法を手放さない、思考の自由を確保することにあると私は考えます。

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