楽しいコーチングの裏側

コーチングとは様々な目標を達成するために他者がサポートして行う一つの方法です。
コーチングの成り立ちがスポーツのコーチから始まっていることからもうなずけます。

しかし、目標達成とは何か?を明確にしていないために、混乱が起こっていると私は考えます。

目標達成のためにコーチングを受ける人達の内面

コーチングを受ける人たちの目標設定についてみていきましょう。

クライアントだけでなく、コーチも目標設定についてあまりにもおおざっぱにとらえています。

自分がやりたいこと、なりたいこと、願望、悩み解決、不安解消など、自分がこうなりたいという気持ちが出てきたら、なんでもかんでもそれを目標としてコーチングしようとします。

しかも、同じような手法でありとあらゆることを解決しようとしています。

これがコーチングの本来の役割を曖昧にし、ユルイ曖昧なコンテンツとマイナスイメージにとらえられる原因なのではないか。

私はクライアントの目標設定には2種類あると考えます。

一つは外的目標設定、もう一つは内的目標設定です。

外面的目標設定とは、大会で優勝したい、成績を上げたい、売上げを上げたい、パートナーシップをよくしたいなど、外からそれが達成されたか明確に分かる目標設定です。

内的目標設定とは、自分の天職を知りたい、自分が何をしたいか分からないがどうすればいいのか、幸せを感じて生きたいなど、それが達成されたかどうか他人には判断しづらいものです。

この2つの目標設定の決定的に違うところは、自分の内面だけの問題を解決するための目標設定か、他者や世の中にかかわりがある目標設定なのかということです。

どんなことでも、目標設定にすることは可能ですが、そのアプローチの仕方や思考の方法は全く別なのです。それを従来のコーチングでは区別せずごちゃまぜに考えています。

内面が変われば、世界が変わるのか?

よく言われることで「自分の内面を変えれば、世界は変わる」という考え方があります。

自己啓発の世界ではよく使われる考え方の一つです。

例えば自分に自信が無く、ビクビクしていた人が、自分は自信に満ちあふれている人間だと言い聞かせて無理にでもそのように振舞っていると、周りの人達は「彼は自信のある人だ」と認識してくれて、それが自分の認識に変化をもたらし、本当に自信のある人になれるというものです。

このような考え方は、ポジティブ哲学の祖、アメリカ人哲学者ウイリアム・ジェイムスが提唱したものがもとになっています。その考え方を応用して今の自己啓発業界はそのエッセンスを都合のいいように取り込んで自分たちの理論を作っています。

とくに、このような実用的な哲学はアメリカで盛んで、それがアメリカの能力開発のメソッドや自己啓発そして、アメリカ人の思想に多大な影響を及ぼしています。

「自分の内面を変えれば、世界は変わる」というのは、確かにそういう面はありますが、問題は必ず上手くいくわけではないということです。

無理して自信があるように見せたり、明るく振る舞っても、それに違和感を感じて「何だかイタい人」と思われることも多々あります。
無理して明るく振る舞うことでそれが余計にストレスとなる場合もあります。

事実、ウイリアム・ジェイムスはこのような考え方は“一助”となるだろう、と言っています。それなのに、自己啓発業界では絶対に上手く行くなどと拡大解釈しているところが問題です。

一方でこのような考え方とは逆に「環境(外部・世界)が人を作る」という考えかたもあります。

いったい、人間の内面と外部世界とどちらが先に影響を与えているのでしょう?

人間の内面が先か?外部の世界が先か?

これについては人間が生まれたときのことを考えてみましょう。

人間は生まれたとき、本能や肉体はありますが、「自分」という概念は持っていません。自分も他者も混ざり合い、区別できていない混沌とした状況にいます。つまり、内と外の区別もないのですから、自分の内面などもありません。

しかし、世界は目や耳などの期間を通してさまざまな感覚刺激として赤ちゃんに入り込んできます。そして、言葉も入ってきます。その言葉を意味もなく受け入れている段階から、言葉と世界が対応していることを理解し、世界を認識し、自分と世界という概念も生まれてくるのです。

そう考えると、やはり世界が先で、自分の内面は後ということになります。

人間は圧倒的に、環境(外部・世界)から影響をうけているのです。

まず、この事実をしっかりと受け入れることが肝心です。

しかし、人間は外部の世界から影響を受けるだけではなく、自ら外部の世界を変化させ、自分の内面世界に近づけることも出来ます。

そのように、自分の内面と世界の差を埋めようとする行為が外部的目標設定なのです。

では、内面的目標設定とは何でしょう?

これは外部世界とは隔離された自分の内面だけに目を向けた目標設定です。目標設定といいましたが、内実は「心理的なお悩み解決」したいのです。

悩みを解決して楽になりたい、癒されたい、心穏やかでいたいのです。

これらは、外部的目標設定の自分の内面と世界の差を埋めようとする行為とは方向性が全く違います。

外部的目標設定では、目標を達成するために自分に負荷をかけます。オリンピック選手がメダルを取るために自分に厳しいトレーニングを課すのと同じです。それは、決して楽なことではないです。しかし、目標達成のために自覚して自分にプレッシャーをかけ、ある意味自分に苦痛を与えることを覚悟しているわけです。

一方で内面的目標設定では「悩みから解放される」ことが目標です。

なにか沢山行動すれば解決するわけでもなく、目標設定という考え方自体がクライアントには違和感があります。

つまり、「幸せになるために、毎日○○を何回します!」「むなしい気持ちを無くすために、1か月間○○します!」と言って行動して、自分の抽象的な悩みが解決できるとは思えません。

人類が何世紀も悩んできたような、人生とは?生きるとは?幸せとは?などという抽象的で、しかも自分の内面だけの問題を、「目標設定をして行動すれば解決できる!しかも、クライアントには悩みを自分で解決する力がある!」というコーチング的な考え方は、楽観的すぎます。また、一見解決したかのように思えても、クライアントが世界から隔離されて、自分の世界を狭めることで悩みを感じなくしているだけという場合も多いです。

根本的な悩みが無くなったわけではなく、ただ感じなくなっただけ。

例えれば、歯が痛くて痛み止めを飲めば痛みはなくなり気分爽快だけれども、虫歯は治ったわけではないという状態です。

抽象的な問題を解決するには、それよりももっと高い抽象度で俯瞰して考え、それをもとにして実際の行動を変えるべきです。

それをせずに、一時的に痛みから逃れる方法を教えたとしても、また同じような悩みが出てきます。

プレッシャーのない目標設定は意味がない

基本的に人は外部の世界から多大な影響を受けています。

コーチングがすべきことは人の挑戦をサポートなのか?癒しをもたらすことなのか?明確にすることが大切です。

自分が外部世界に影響を与え、その差を埋めようとするなら、その挑戦にはプレッシャー、苦痛、悩み、不安、努力はさけて通れません。

また「外部世界なんか興味ない、自分の内面だけに関心あるんだ!」といったところで、生まれたときから世界からどっぷり影響を受けている絵あたしたちは、ほんの少し自分の内面を変えても、すぐに外部からの影響で元に戻ってしまいます。
それを防ぐには、内面をかえながら、自分の外部世界を変化させることを同時にしなくてはいけないです。

しかし、そういう物を避けたいのが人間の本能です。

ですから、努力せずに、楽に、心のブロックなんか簡単につぶして、ストレスなく目標は達成できますよ!という甘い言葉についふらふらとついていきたくなります。

もしかしたら、私が知らなかっただけで、そんな方法がこの世にはあるのかもしれない!と思うかもしれません。そう楽観的に考えたほうが、自分が楽なんです。しかし、自分がいくら楽になったって、外部世界は変わりません。

もしかしたら、たまたま運よく楽に目標達成する人もいるでしょうが、自分が同じ幸運に恵まれる確率は低いと基本的に考えるべきです。特にみんなが凌ぎを削っている分野、ビジネスやスポーツでは、もともと実力のある人たちが切磋琢磨しているわけですから、たまたまなんてことは無いです。

オリンピックでたまたま失敗することはあるでしょうが、実力もなく、努力もしない人がたまたま優勝するなんてことはあり得ません。
でも、人は自分のことになると、甘い見通しを立てたがるのです。

楽しくないコーチングを目指す

こういった状況で人を導く人はどのようにすればいいのか?

私は外部的目標を立てる人には、人間は環境の影響を生まれたときから強く受けているのだから、その仕組みやシステムについてきちんと理解していただきます。それを変えていくためには、大変なことも沢山あるが、その困難を乗り越えていかなくてはいけないことを最低でも認識していただきます。その上で目標設定をします。

内部的目標を立てる人には、不快なことは避けて、その悩みから解放されて楽になりたいだけなのか?それとも、嫌なこと苦痛はあるだろうけれどそれに向い合って本当に自分を変えていきたいのか?と。

ただ楽になりたい人には、私のメタ・アーチングは希望に添えないと言いますし、そもそもそういう考えでは本来の目標達成から遠ざかるという話をします。

目標達成にはある程度のプレッシャーや努力が絶対に必要で、それを避けていては目標達成は出来ないと考えるからです。
私が提唱しているメタ・アーチングの目的はクライアントを慰めたり、いい気分にさせたりすることではありません。

まやかしの快楽や癒しでは、自分を変えることも、世の中の認識を変えることも出来ません。
本人が「人生は変わった!」と喜んでいれば良いじゃないか?という考え方もありますが、私はそういう考え方はクライアントをバカにしていると考えます。

私はそれを人に強制するつもりはありません。どういう生き方を選ぶかは本人の自由です。
しかし、その判断を下す前に、自己啓発業界や既存のコーチングでは語られていない抽象度の高い世界観をきちんとお伝えはしたいです。

また、癒しや慰めが必要な場合もあることも理解していますが、それは目標をたてて、人生を変えていこうというスタンスの話の時に持ち出すべきではないし、きちんと割り切るべきです。

こういうことの区別が既存のコーチングでは明確になっていないと思います。

目標に向かって行動することは、今の環境に順応して生きることよりもずっと大変です。
生まれながらに環境に順応することを求められるのが自然な流れだからです。

ですから、メタ・アーチングを受けている間はクライアントは苦しいと思います。「楽しかったです!」「解放されました!」などという感想はないです。

しかし、目標が達成という「挑戦の人生」を生きようとする人をサポートする人間がクライアントから好かれたいなどという承認欲求全開にしていては、人をサポートすることなどできません。そういう感想が頂けるのは、目標が達成できサポートが終わったときではないでしょうか?

私自身も楽ではないプレッシャーのかかる挑戦する人生を選択し、一緒にクライアントと歩んでいくことがメタ・アーチングには重要だと考えます。それが本当の「クライアントの伴走者」だと思うのです。

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