傾聴の無意味さ。コーチングにない本当の聴き方とは

コーチング、カウンセリング、セラピー関係の方々は傾聴を基本にセッションをされています。

つまり、人の悩みを解決するときの有効な手段と考えられているわけです。

傾聴をしないでコーチング、カウンセリング、セラピーをするなんてありえない!というくらい、それらの手法の根幹をなしています。

なぜ、傾聴がそれほど重要視されているのか?
本当に傾聴が有効なのか?について書いていきます。

傾聴はカール・ロジャースの提唱がはじまり

まず、傾聴とはどのようなものと捉えられているのかについて書きます。

現在のカウンセリングの在り方の基礎を作ったアメリカの臨床心理学者カール・ロジャースが提唱した「来談者中心療法」がその基本になっています。

それまで、心の相談に来る人たちのことを「患者」と言っていたものを、「クライアント(来談者)」と位置づけ、カウンセラーと患者は対等な関係であるとしました。

カウンセラー側の知識の量や権威は必要ではなく、それよりも、「受容、共感、自己一致(そうであるべき自分とあるがままの自分が一致している状態のこと。)」が重要だとされています。

そして、ただ話を聞くだけではなく積極的に聞く(Active Listening)が重要だとされています。

コーチングやカウンセリングではこれらのような聞く態度を「傾聴」と言っています。

このロジャースのカウンセリングの方法論が今のコーチング、カウンセリング、セラピーに受け継がれているわけです。

傾聴が重要視される理由

傾聴はなぜ重要視されているのでしょう?

カール・ロジャースの人間に関する捉え方によるものです。

彼は人間にはもともと自己実現する力が本能的に備わっているのだから、カウンセラーはそれを助けてやるだけで十分だという、楽観的な考え方が根底にあります。

カウンセラーとクライアントは対等な立場なのだから、こちらから指示したり、教えたりする必要はないというわけです。

そういったカウンセラーの相手を尊重する姿勢が、結局はクライアントが自分自身を尊重することにつながる。自分を尊重出来るようになれば様々な心の悩みは自分の力で改善できるというものです。

ここでは導くのではなく、「寄り添う」ということ、そして、クライアントとアウンセラーの信頼関係が非常に大切だとされています。

傾聴の効果に対する疑問点

私は現在のコーチングやカウンセリング問題はロジャースの「来談者中心療法」を拡大解釈していることだと考えます。

本来の心理学でいうカウンセリングとは臨床心理学の手法です。
つまり、心の病(世間一般的な心の状況から見てマイナス方向に偏ってしまった状態)や心の傷(トラウマ)を改善していこうというものです。

そういう心が弱った人や生きていくことが困難な人には、まず、安心させ信頼し、自分を大切に思うことをサポートすることは必要だと私は思います。

しかし、現在のコーチングやちまたにある○○カウンセリング、○○セラピーは心の病や傷を持っている方を対象者ではないと言っているところがほとんどです。
特にコーチングはそれをはっきりと言っています。

つまり、コーチングは心が健全な状態の人たちをよりプラスの方向に自己実現をしていくことを目的としている物なのです。

しかし、実際は心が健全な状態の人たちの自己実現に今ある傾聴の概念は役に立ちません

自己実現、つまり成長するということは、今の自分から成長した自分へと変化することです。

もっと良い自分になりたい!と願うことは、今の自分を捨てたいということです。

そこには、今の「自分を捨てる」という行為が必ず必要です。
これは哲学やアートを引き合いに出さなくても、一般的に考えればわかることです。

自分をただ受容し、人から共感され、自己同一化していてはそれは叶いません。

しかし、コーチやカウンセラーはそういったことを言いませんというか、知りません。

「今の自分を一つも捨てないで、自分を成長させることが出来る」と勘違いしているのです。

赤ちゃんのころ歩けなくておんぶしてもらっていたのが、歩けない自分を捨てて歩く大人になったら、普通はおんぶなんかしてもらえません。

「甘えてないで自分で歩きなさい!」と言われるのが現実社会なのです。

しかし、コーチングや心の病とは言えない人対象としたカウンセリングやセラピーはクライアントを自立した大人とみなさず、甘やかしているだけです。

「いや、私はそうではない」とコーチやカウンセラーが言ったところで、使っている手法が
「受容、共感、自己一致、寄り添い」を重要な要素としているなら、矛盾しています。

このように、現在のコーチングやカウンセリングは臨床心理学の「来談者中心療法」のメソッドの中心においているため、実は健康な人を本当の自己実現に向き合わせることが出来ないのだと考えます。

傾聴しても、相手の内面は本当は分らない

そして、傾聴の大きな盲点があります。

それは、人の心は他人には正確に理解することなど絶対にできないということです。

コーチやカウンセラーがどれほど熱心にクライアントの言葉に耳を傾けたとしても、クライアントが話す言葉だけが頼りです。

「それは、辛かったでしょう。」
「それは、大変でしたね。」

と共感したとしても、それはクライアントの内面をコーチやカウンセラーが心理学的な知識をあてはめて、想像しているにすぎません。

相手の心が自分の心は別物で、同じように感じることなど不可能なのです。

しかし、それが出来ているかのようにクライアントをある意味だましているわけです。
もしくは、コーチやカウンセラー自身も、クライアントの心を感じることが出来たと勘違いしているのです。

だましている、といういい方はひどいかもしれません。
信頼関係を築くための必要悪なのかもしれません。
しかし、相手が感じたことを自分が全く同じ感覚で感じることは不可能なのは確かです。

相手の心など本当は理解できないのだから、傾聴などただのポーズだといえます。とくに健康な人にそういうポーズは本当に必要なのでしょうか?

甘やかしいて欲しいクライアントと相手の満足感が欲しいコーチやカウンセラーの「持ちつ持たれつ」の関係がそこに見えてきます。

悪気は無いのでしょうけれど、コーチングやカウンセラーのメソッド自体がそうなっているのです。

メタ・アーチング的な「聴く」

今ある「傾聴」の健康な人に対するやり方に疑問をもっていますが、聴くことは重要だと私は考えています。

そのため、私が行っているメタ・アーチングでも非常に注意深く、相手の話す内容を聴きます。

しかし、そこで注目して聴くことは相手の心の内面や感情ではありません。

私が聴くのは、相手がどのような思考体系を基準として話をしているのか?どのような構造のなかで生きているのか?です。

相手の心や感情を聞くことは、クライアントの気休めにはなりますが、そういう内面の言葉は他人には実は何の関係もありませんし、世界になんの影響も与えません。

ただのグチです。

哲学では自分の頭の中だけで紡ぎ出す言葉に注目することを、実存主義的といいます。
近代に流行った思想ですが、今やそういった心の中の言葉は妄想と一緒だとされています。

臨床心理学は実存主義的な考え方から、抜け出ていない思考だといえます。

私としては、もっと先の構造主義的なアプローチで人の成長や自己実現をサポートした方がよいと考えてメタ・アーチングを行っています。


参考文献:心理学辞典 有斐閣、カウンセリング辞典 誠信書房、臨床心理学 倉光修 岩波書店

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